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高松高等裁判所 昭和35年(ネ)361号 判決 1961年11月11日

控訴人(原告) 高橋伴次郎

被控訴人(被告) 愛媛県温泉郡石井村長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決取消の上、被控訴人に対し、石井村の現年度の歳入から、原判決記載の請求の趣旨に掲げる金員を戻し出して、信託財産の損害を補填すべきことを命ずる旨並びに訴訟費用は、第一、二審分共被控訴人の負担とする、との判決をせられたい、と述べ、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出及び認否は、左記の外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴人は、当審において、

(一)  地方自治法第二四三条の二の損害補填に関する裁判を求める請求の性格を、同条第二項所定の職員の違法行為によつて普通地方公共団体に損害が生じ、その職員たる個人が当該団体に対し実体法上損害補填の責任を負う場合に、当該団体の住民がその団体に代つて、その職員たる個人を相手方として当該団体に対する損害の補填を請求する訴である、と解するのは誤である。その理由は、次のとおりである。

(イ)  石井村は誤つてその一般会計に繰入れた控訴人主張の収益金を全部消費しており、その日時は不明であるが、本件信託財産の損害は、右繰入の時に生じたというべきであるから、右繰入は違法な財産の処分と解すべきである。

前記規定にいわゆる損害の補填とは、賠償ではなく、補整であり、また、右の損害とは、公共団体に生じたものに限らず、独立した信託財産に生じたものをも意味する。右規定の「公共団体の損害の補填」とは、公共団体に損害を補填する義務と責任のある場合を意味する。本件の場合、公共団体には損害はなく、むしろ不当利得をしているのであるから、信託財産の損害を補填する義務と責任がある。

(ロ)  前記規定に基づく訴は、納税者訴訟又は民衆訴訟ともいい、納税者又は民衆を代表して提訴する性質のものであり、納税者が公共団体に代つて当該職員たる個人を訴えるものではない。納税者が公共団体に対し不公正な行政の是正を求める訴である。それで、訴の相手方たるべき者は、不公正な行政を是正し得る権限と義務のある者である。当該職員個人を訴うべきものと解するのは、損害の補填を損害の賠償であるとする誤解に因るものである。

右損害の補填とは、本件についてこれを詳説すれば、次のとおりである。即ち、信託財産として村長が直接に保管すべきものを誤つて一般歳入に繰入れたのであるから、地方自治法施行令第一五四条第一項第一五五条第二項により誤納したる金額を歳入より戻し出し、信託財産として管理すれば、自然に損害の補填となるわけである。

(二)  本訴請求の趣旨中、「損害の補填に至る迄の間年五分の割合の金員を」とあるは、石井村が他人(石井村長)の不法行為により信託財産を歳入としたのは、不当利得を受けたものであるが、この不当利得金を使用して、別に新たな利益を受けておるから、これについても損害の補填を請求する意味である。

元来公共団体の歳計現金は、時に支払準備金に不足する場合あり、又時に剰余金を生ずる場合がある。不足を生じた場合には、利子を支払つて一時借入をなし、又剰余金ある場合には、支払準備金以外は、需要の状況を見計い、これを預金して利殖を図るのであつて、決して金庫に死蔵するものではない。それで、不当利得金は、消費されない場合には、右のような方法で更に利益を生じ、消費された場合には、無利息であるから、利息不払による消極的利益を生ずるのである。この利益額を算出するのに法定利率によつたのである。信託財産の損害も亦これと同額であるが、補填を請求するのは、それではなく、不当利得者の受けた利益である、

と述べた。

証拠関係<省略>

理由

控訴人は、本訴請求は、地方自治法第二四三条の二第四項にいわゆる損害の補填に関する請求である、と主張するけれども、当裁判所は、本訴請求は、右請求に該らないと解する。その理由は、左記の点を付加する外は、原判決説示のとおり(原判決書第五枚目表初から第七行目上から第四字目以下同裏終から第四行目迄。)であるから、ここにこれを引用する。

控訴人主張の、右規定に定める右請求の性格に関する見解は、当裁判所の採らないところである。

そして、現行法上、本件訴のような訴の提起を許した規定は他に存しないから、本訴請求は、失当としてこれを棄却すべきである。

果して然らば、右と同趣旨に出でた原判決は相当であり、本件控訴は棄却さるべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 横江文幹 安芸修 野田栄一)

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